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広島地方裁判所 昭和49年(行ウ)2号 判決

原告

和泉谷秀夫

原告

近藤福己

右原告ら両名訴訟代理人

原田香留夫

恵木尚

山田慶昭

被告

枡行光男

外六名

右被告ら七名訴訟代理人

岡秀明

西本克命

右訴訟代理人岡復代理人

臼田耕造

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告枡行光男、同高橋明夫、同堀健太郎、同瀬戸谷忍、同小島敏之、同片山哲三及び同塚前達郎は、連帯して、甲山町に対し金四、〇〇二万三、六七〇円及びこれに対する昭和四八年四月三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

被告片山哲三、同塚前達郎に対する本件訴えを却下する。

2  本案の答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告らはいずれも甲山町の住民である。

2  被告枡行光男は、昭和四七年九月一九日甲山町長に就任し、同四八年四月三日現在その職に在つたもので、予算を調製して会計を監督し(地方自治法(以下、法という。)一四九条)、補助機関たる職員を指揮監督し(法一五四条)、債務負担行為を定め(法二一四条)、支出を命令し(法二三二条の四)、支出負担行為をなし(法二三二条の三)、条例の定めるところにより財政に関する所定の事項を住民に公表する(法二四三条の三・財政状況の公表に関する甲山町条例)職務を負つた者であり、被告高橋明夫は、同四六年九月二九日同町助役に就任し、同四八年四月三日現在その職に在つたもので、町長を補佐し、職員の担当する事務を監督し(法一六七条)、「法一五三条三項に根拠を置いた甲山町の条例、規則、規程」に基づき一定の範囲内で自ら決裁をし、支出負担行為をなし、公印の管理をする(甲山町公印規程)職務を負つた者で、前町長土屋退任後被告枡行町長就任に至る間、町長の職務を代理した者であり、被告小島敏之は、同四六年九月二九日同町収入役に就任し、同四八年四月三日現在その職に在つたもので、「様式第一一五号歳入整理簿」「様式第一一六号歳出整理簿」「様式第一一七号一時借入金整理簿」「様式第一一八号現金出納簿」等を備付け(甲山町財務規則)、会計事務をつかさどり(法一七〇条)、決算を調整し(法二三三条)、右会計事務の内容として現金の出納とその保管、小切手の振出、現金と財産の記録管理、支出負担行為の確認等をする職務を負つた者であり、被告片山哲三と同塚前達郎は、同四七年七月二八日同町監査委員に就任し、同四八年四月三日現在その職に在つたもので、財務に関する事務の執行を監査し(法一九九条)、現金出納の検査をする(法二三五条の二)職務を負つた者らであり、被告堀健太郎は、同四七年八月一日同町総務課長に就任し、同四八年四月三日現在その職に在つたもので、「様式第一〇四号予算原簿」「支出負担行為整理簿」等を備付け(甲山町財務規則)て、資金の調達、収支に関すること、予算の編成及び経理に関すること、予算差引に関すること(甲山町課設置条例、同処務規程)、公印の管守に関すること(同課設置条例)、公印の保管(同公印規程)、諸支出に関すること(同課設置条例)、その他他課の所掌に属しないこと(前同)をつかさどり、町規の定めた一定の範囲内で自ら支出負担行為をする職務を負つた者で、同課財政係長とともに一時借入の借入返済の経理の采配をする直接の担当者であり、被告瀬戸谷忍は、同四六年一一月四日同課財政係長に就任し、同四八年四月三日現在その職に在つたもので、町の経理を直接に担当し、「予算原簿」「支出負担行為整理簿」を直接に記載管理し、資金の調達及び収入の調整に関すること、予算の編成及び経理に関すること、収入支出命令に関すること、財政運用状況の調査及び公表に関すること、町債に関すること、その他財政に関すること(甲山町処務規定)を直接につかさどり、町規の定めた範囲内で代理決裁専決をする職務を負つた者である。

3(一)  ところで、甲山町では、昭和四六年一〇月、町職員(収入役職務代理者)訴外住田博昭の横領と使途不明による巨額の公金亡失事件が発覚したが、その亡失金額は、後の甲山町監査委員の昭和四七年六月三〇日付監査結果によると、金六、二五七万三、五三九円となることが明らかとなり、甲山町は同相当の損害を被つた。

(二)  右は、訴外住田が、昭和四一年ころから、甲山町長及び同収入役の公印を無断で使用し、訴外広島銀行甲山支店(以下広銀甲山支店という)及び同広島相互銀行甲山支店(以下広相甲山支店という)より一時借入金台帳(以下一借台帳という)に登載しない不正の一時借入を繰り返すなどして行われ、右亡失金発覚当時、右一借台帳に登載していない不正の一時借入金が、広銀甲山支店に金二、〇〇〇万円、広相甲山支店に金二、〇〇〇万円残存していて、これが、右亡失金の主要な内容をなすものであつた。

(三)  ところが、被告小島敏之、同高橋明夫、同瀬戸谷忍らは、昭和四七年五月三一日右不正一時借入金四、〇〇〇万円の返済のため広銀甲山支店から一時借入金として金四、〇〇〇万円(金二、〇〇〇万円二口)を借受けて右返済をなし(借替)、次いで、被告枡行光男らは同四八年四月一日、甲山町議会の議決を経ることなく、同年度歳出予算にも認められていないにかかわらず、右返済のための一時借入金四、〇〇〇万円をさらに広銀甲山支店の一時借入金四、〇〇〇万円と借替えたうえ、同月三日広銀甲山支店に対し右元利金四、〇〇二万三、六七〇円を支払い、右返済をした。

(四)  ところで、元来一時借入金は地方公共団体の長が、歳出予算内の支出のためにする一会計年度の借入金で、当該会計年度の歳入をもつて償還すべきものであるところ(法二三五条の三)、前記亡失金の内容をなす一借台帳に登載されていない不正一時借入金四、〇〇〇万円は、訴外住田が、甲山町長及び収入役の公印を冒用して関係借入書類を偽造し、かつ、従前の公金穴埋めのために行われたもので、しかも、関係銀行職員の悪意の幇助によるものであり、消費貸借として無効であり、いずれにしても、甲山町がその支出による返済をなすべき性質のものではない。

そして、その後の、昭和四七年五月三一日、昭和四八年四月一日の借替えにかかる一時借入は、その各年度の歳出予算内の支出のためのものではなく、前年度までの歳入をもつて償還し得ない無効な借入の返済のためのものであつて、しかも、銀行関係職員も右が違法な借替えにかかる一時借入であることは知悉(少くとも過失がある)していたものであり、右消費貸借も無効である。

したがつて、これらからして、右借替えにかかる一時借入金四、〇〇〇万円は、違法な債務負担行為であり、かつ、甲山町においてその支出により返済すべきものではなく、前記昭和四八年四月三日の右元利金の返済支出は違法なものといえる。なお、右につき、前記不正一時借入金四、〇〇〇万円については、甲山町議会においても昭和四七年二月一九日土屋前町長の提案による右一時借入金の確認さえも承認されず、甲山町に返済義務がないとの態度が示されていた。

(五)  しかるに、被告らは、右金四、〇〇〇万円の一時借入及び同返済が法二一四条及び二三二条の三に適合しない違法なものであることをよく知りながら、被告小島敏之は、同高橋明夫、同堀健太郎、同瀬戸谷忍らと共謀して、訴外田原秀男に命じて、昭和四七年七月一〇日訴外住田らの損害賠償金(亡失金元利)金六、八二五万六、三五五円を雑入として調定する旨の調定簿及び収入命令簿を偽造し、また、この偽造公文書を前提として、被告枡行光男、同堀健太郎、同瀬戸谷忍らと共謀して不当な予算を調整し、さらに訴外土屋一雄(当時甲山町長)、同古川卓己(当時同町議会議長)、被告塚前達郎、同高橋明夫、同堀健太郎、同瀬戸谷忍らと共謀し、訴外浜田睦郎、同小田松夫、同後藤利丈ら関係人らの幇助をえて、同年七月二八日甲山町議会で、無効で無意味な、昭和四七年度甲山町一般会計補正予算として、歳入歳出予算総額を右金六、八二五万六、〇〇〇円追加する旨の可決をするなどし、あたかも予算内の行為の体裁を装い、敢へて前記支出を行つているもので、右被告らはそれぞれ前記職務に違反し、その結果、甲山町住民に右違法支出による損害を被らせたものである。

被告片山哲三及び同塚前達郎は、前記監査委員として、本件公金亡失事件が同町及び広島県行政上の大問題として世論の注目の的となつており、右借入金については、前記のように前任町長によつても、また町議会においても、いずれもこれを承認して返済することは認められていないのであるから、前記被告枡行光男らとしても、事前に監査委員たる同片山哲三らの了解を得なければ到底前記の両銀行に対する借入と支払はなし得なかつたものであつて、同被告らは当然その了解と承諾を求められており、その際に右違法行為を制止する義務があつたのに、これを怠り、右他の被告らと共謀し、右各行為に了解を与えてこれを行わせたものである。甲山町財務規則は、町長ら予算執行職員及び収入役らの財務に関する違法行為を容易に判別し、厳重に排除する機能を備えているにかかわらず、被告片山、同塚前らは、故意にその任務に背いて他の被告らを幇助し、甲山町に損害を与えているもので、他の被告らとともに本件違法支出につき賠償責任がある。

4  原告らは、昭和四八年一一月二八日甲山町監査委員に対し、本件公金の違法支出につき必要な措置を講じるよう法二四二条一項により監査請求したが、同監査委員は同四九年一月二六日付で、右措置請求は、その請求にかかる事実が認められず、賠償させる等の措置を勧告する必要はない旨の監査結果を原告らに通知してきた。

5  よつて、原告らは、甲山町に代位して、被告らに対し連帯して本件違法支出により甲山町が被つた損害賠償の請求として金四、〇〇二万三、六七〇円及びこれに対する右支出の日である昭和四八年四月三日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の甲山町への支払を求める。

二  被告片山哲三、同塚前達郎の本案前の主張

請求原因4の事実は認めるが、本件監査請求では、本件につき、抽象的に被告枡行光男、同高橋明夫、同小島敏之、同堀健太郎、同瀬戸谷忍らによつて行われた重大な違法支出であるとして問題にしているのみで、被告片山、同塚前両名については全く右監査請求の対象となつていない。したがつて、右被告両名に対する本件訴えは監査請求を経ない不適法なもので、却下されるべきである。

三  右本案前の主張に対する原告らの答弁

争う。

四  請求原因に対する認否  1 請求原因1、2の各事実は認める。

2 同3のうち、原告ら主張の六、二五七万三、五三九円の公金亡失事件が発覚したこと、甲山町において広銀甲山支店からの一時借入金(元利合計四、〇〇二万三、六七〇円)を昭和四八年四月三日同銀行へ返済したこと、及び一時借入金の法的性質は認めるが、その余は争う。

3(一) 甲山町は、昭和四七年五月三一日、広銀甲山支店の二、〇〇〇万円、広相甲山支店の二、〇〇〇万円の各一時借入金につき、同日広銀甲山支店より借り入れた一時借入金四、〇〇〇万円で返済し、さらに昭和四八年四月三日右金四、〇〇〇万円も返済したが、右各返済及び右借替の金四、〇〇〇万円の一時借入は違法なものではない。

(二) つまり、一般に甲山町長の行う一時借入手続は、

イ  借入申込書を銀行へ提出する。

この申込書には一時借入金の最高限度額を記載した予算書及び市中銀行の一時借入金の残高証明書を添付する。

ロ  銀行は、書面上で申込の要件が備わつているか否か審査し、備わつていれば、本店決済を経た上で貸出を行う。

ハ  貸付金は町の収入役口座へ振込んで支払う。

という手続で行なわれる。

そして本件の場合、訴外住田は甲山町出納員という立場で右イの通りの外形的に適式な借入申込書を銀行へ提出し、銀行は右ロの手続を経た上で右ハの通り貸付金を町の収入役口座に振込んで支払い、後に右住田の手により横領された訳であり、また、本件の右住田の不正借入手続は、以前からの正規な一時借入手続の中の一部として行なわれたものであるから、銀行としても、甲山町長より適式の書類による借入申込があればこれを正当なものと信頼するのが当然で、その貸出手続に過失は無く、右住田が横領を企図し、勝手に書類を作成し銀行から収入役口座振込後横領していたとしても、それは甲山町内部において処理すべき問題であるにとどまり(現に、甲山町長は、昭和四七年六月三〇日同町監査委員の監査の結果に基づき、地方自治法二四三条の二の規定により当時の収入役中本義夫の損害賠償額を金二、五六八万四、八一三円、同金田正の損害賠償額を金一七四万八、五四四円、住田博昭の損害賠償額を金三、九五二万二、九九八円と決定し、甲山町に対しその支払を命じている。)、各銀行に対する一時借入金債務はいずれも有効に成立し、甲山町に支払義務のあることは明らかである。

(三) なお、甲山町長が昭和四七年五月三一日広銀甲山支店から金四、〇〇〇万円を一時借入れして従前分を返済した点は、前記監査において、同年二月ころ監査委員から甲山町が銀行に対し支払義務のあることの確認を受けており、その後のことであり、また、普通地方公共団体の会計年度は毎年四月一日から翌年三月三一日までであるが、その出納は翌年度の五月三一日をもつて閉鎖すること(法二三五条の五)となつており、昭和四六年度に借り入れた一時借入金は昭和四七年五月三一日までに支払えばよいのであり、甲山町が昭和四六年度の一時借入金計四、〇〇〇万円を昭和四七年五月三一日に銀行に返済したことは適法であり、むしろ支払わないと違法となるものであり、そしてまた、昭和四七年五月三一日金四、〇〇〇万円の一時借入れ(昭和四七年度分)は昭和四七年度予算の一時借入金の最高限度額一億五、〇〇〇万円の範囲内の借り入れであり、この借り入れに違法はなく、この借入金を昭和四八年四月三日に広銀甲山支店に返済したことも、もとより違法はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告片山哲三、同塚前達郎の本案前の主張について

請求原因4の事実〈編注・監査請求と監査結果の通知〉は当事者間に争いのないところ、さらに、〈証拠〉によると、本件監査請求は、原告両名が、昭和四八年一一月二八日甲山町監査委員に対し、訴外住田による広銀甲山支店、広相甲山支店からの各二、〇〇〇万円の本件不正一時借入金につき、右は甲山町が支払うべきものではないのに、同年四月三日甲山町の公金で返済穴埋めしたのは、枡行町長、高橋助役、堀財政担当課長、瀬戸谷財務係長らによる違法な支出行為であり、同人らに賠償を命ずる等必要な措置を講ぜられたい、とするものであり、たしかに、右本件監査請求には、当時の甲山町監査委員であつた被告片山、同塚前の名前が掲記されていないことがうかがわれるが、しかし、右監査請求で求めている監査の対象は、訴外住田による不正一時借入金四、〇〇〇万円を甲山町の公金で返済した行為であり、その表現はたしかに抽象的で、関係職員らの行為が具体的に示されていないが、右違法支出とする行為につき、摘示した者のみに限らず、それに関連する甲山町の長、委員、職員らの各行為の違法の有無をも監査の対象として求めているものと解されなくもなく、被告片山、同塚前についても、当時の監査委員として右違法支出を阻止しなかつたことなどが義務懈怠であるとして本訴に及んでいるのであつて、右も、本件監査請求の対象に含まれていたものと解することができる。

したがつて、被告片山、同塚前らの本案前の主張は理由がない。

二請求原因1、2の各事案及び同3のうち、甲山町で、昭和四六年一〇月訴外住田博昭の横領等による巨額の公金(後の監査結果では、金六、二五七万三、五三九円)亡失事件が発覚したこと、甲山町において広銀甲山支店からの一時借入金元利合計金四、〇〇二万三、六七〇円を昭和四八年四月三日同銀行へ返済したことは当事者間に争いがない。

三原告らは、訴外住田による従前の不正一時借入金合計金四、〇〇〇万円は甲山町に支払義務のないものであり、これをその後の甲山町長の一時借入金で返済(借替)し、その後結局、昭和四八年四月三日甲山町の公金で返済したことは、公金の違法支出にあたると主張するのに対し、被告らは、右返済は同町の広銀甲山支店に対する適法な弁済で違法な支出ではないと抗争するので、以下判断する。

1  〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  昭和四六年一〇月甲山町において前記公金亡失事件が発覚した際、同町の一時借入金台帳に登載されていない一時借入金(以下、「不正一時借入金」という。)が広銀甲山支店に二、〇〇〇万円、広相甲山支店に二、〇〇〇万円の合計金四、〇〇〇万円あることが確認された。

(二)  右不正一時借入金四、〇〇〇万円は、当時甲山町収入役室で会計事務を担当していた訴外住田が、その横領等前記亡失金の穴埋めのために昭和四一年ころから、甲山町長の公印等を無断で使用して、あたかも正規のもののごとき借入申込書を作成し、関係書類を添付して右両銀行よりそれぞれ一時借入金として借入をしていたもので、同銀行との間で当該年度の出納閉鎖期間であるその翌年度の四月一日から五月三一日までの内に翌年度の一時借入金で返済(以下、「借替」という。)して経過していたものであり、これらが集積して広銀甲山支店に対しては昭和四六年五月三一日一時借入金(証書借入)二、〇〇〇万円、広相甲山支店に対しては同年九月三〇日一時借入金(手形借入)計二、〇〇〇万円として、残存するに至つていた。なお、右一時借入金は昭和四六年度一時借入金最高限度額一億円以内のものであつた。

(三)  本来、甲山町における一時借入金の借入手続は総務課(同課財政係)で行なわれるべきものであつたが、昭和四一年の中学校建設当時から、そのころ収入役室出納員であつた訴外住田に当時の総務課長被告小島敏之が銀行からの右一時借入手続を依頼し(昭和四六年七月二七日訴外住田が総務課に配置換になつてからは本来の業務として)、右住田がこれを行なうようになり、銀行との借入折衝等実際の借入手続は、なかんずく昭和四三年四月以降ほぼすべて訴外住田が従事し、同人に任された状況となり、昭和四六年一〇月の前記亡失金の発覚までの間、正規のものも含めると、右両銀行につききわめて多数回の一時借入れが訴外住田によつて行なわれ、なお、一時借入の正規のものについては町長、総務課長らの決裁を得ていたものの、右四、〇〇〇万円の不正一時借入については決裁を得ないで借入手続を行なつていた。

(四)  一般に甲山町長の一時借入手続は、(1)一時借入金の最高限度額を記載した予算書写及び市中銀行の一時借入金の残高証明書(町長作成名義)を添付して、借入申込日、借入希望金額、借入期間、返済期限、借入希望日、資金使途及び返済財源等を記載した町長名義の借入申込書を銀行へ提出する、(2)銀行は、書面上で申込の要件が備つているか否かを審査し、備つておれば本店決裁を経た上で、町長名義の借用証書により貸出を行なう、(3)貸付金は町の収入役口座へ振込んで支払う、という手続で行なわれるが、訴外住田は、前記不正一時借入及びその借替も正規の一時借入手続と同様、右(1)の外形上適式な借入申込書等関係書類を銀行へ提出し、銀行は右(2)の手続を経た上で、右不正一時借入についても、もとより訴外住田の公印冒用等の内情を知らないまま、また右以上の町関係者への問い合わせ等の格別の調査もしないまま貸出を行ない、右(3)のとおり貸付金を町の収入役口座へ振込んで支払つていた。

(五)  ところで、昭和四六年一〇月前記公金亡失事件が発覚して後、当時の甲山町長土屋一雄は同月二四日甲山町監査委員光広三二、同浜田睦郎に対し法二四三条の二第二項の規定に基づく、損害賠償責任の有無及び賠償額の決定についての監査を求めたが、前記不正一時借入金四、〇〇〇万円の処置については、利息の支払いも重み、いつまでも放置しておけないことから町内部で再々、検討した結果、両銀行に対しては、甲山町として返済義務のあることに意見を取りまとめ、甲山町長は、一先ず昭和四七年五月三一日(昭和四六年度の出納閉鎖期日)に、昭和四七年度の一時借入金として広銀甲山支店から金二、〇〇〇万円二口合計金四、〇〇〇万円(返済期限昭和四八年三月三一日)を借受けて、これにより即日広銀甲山支店金二、〇〇〇万円、広相甲山支店金二、〇〇〇万円の不正一時借入金を返済(借替)した。なお、昭和四七年度の甲山町の一時借入金最高限度額は一億五、〇〇〇万円であり、右はその範囲内の借り入れである。

(六)  その後、右監査請求については、昭和四七年六月三〇日、亡失金元利合計金六、八二五万六、三五五円につき、訴外住田博昭外、当時の収入役中本義夫、同金田正ら三名に対しそれぞれ損害賠償責任を肯定する監査結果の通知がなされたことから、その監査結果に基づき、甲山町長土屋一雄は、同年七月一〇日法二四三条の二第三項により右三名に総額金六、八二五万六、三五五円の賠償命令を発するとともに、同日右損害賠償金を雑入による収入として昭和四七年度の歳入に調定し、同年七月二八日甲山町議会に、歳入歳出予算の総額を金六、八二五万六、〇〇〇円追加する旨の昭和四七年度一般会計補正予算案を提出し、同日可決された。次いで、甲山町長被告枡行光男、甲山町収入役被告小島敏之らは、前記借替にかかる広銀甲山支店からの一時借入金四、〇〇〇万円につき、その期限の昭和四八年三月三一日に利息のみ支払つた後、同年四月三日甲山町の公金(県から交付された補助金等)で右元利合計金四、〇〇二万三、六七〇円を同銀行に支払い、右一時借入金を完済した。

以上の事実が認められ、〈る。〉

2  そこで、右各認定事実からして、以下検討してみる。

(一)  元来、一時借入金は、普通地方公共団体の長が歳出予算内の支出をするために、予算で定められた当該年度の一時借入金最高限度額の範囲内で借り入れるものであつて、その会計年度の歳入をもつて償還しなければならない性質のものである(法二三五条の三)。したがつて、たしかに法形式上は、本件の場合、甲山町長の借入金債務ではあるが、もとより甲山町の歳入財源をもつて甲山町が返済すべきことを予定したものであつて(法二三五条の三第三項)、甲山町長個人がその財産をもつて返済すべき性質のものではない。

(二)  そして、前記認定事実によると、まず、甲山町長が、昭和四七年五月三一日の広銀甲山支店からの金四、〇〇〇万円の一時借入金で借替返済するまでの従前の不正一時借入金計金四、〇〇〇万円は、訴外住田が甲山町長の公印を冒用し、その決裁を経ないで借り入れていたもので、町長の真意に基づくものでないうえ、訴外住田の横領金等の穴埋めのために一時借り入れし、また、借替の点は、出納閉鎖期間内に前年度の一時借入金返済のために一時借り入れしていたもので、いずれも、当該年度の歳出予算内の支出をするための一時借入とはいえず、これらの点で、右従前の不正一時借入金は違法な一時借入といわざるを得ないし、さらにまた、その後の昭和四七年五月三一日の広銀甲山支店からの一時借入も、右借替という点では、少くとも違法たるを免れない。

しかし、右のごとき違法な一時借入が、当然に消費貸借契約として無効なものとはいえず、その違法の内容、程度に照らしさらに別の観点から検討してみる必要がある。

(三)  本件のごとき一時借入行為は、地方自治法に基づき、公的機関たる地方公共団体の長が私人たる銀行等との間でなす消費貸借契約で、たしかに、その契約内容及び条件が多くの法的規制を受けるが、他方私的取引としての面も否めず、地方公共団体と取引関係に立つ相手方の利益保護ということも無視できない。

そこで、これらからして、さらに本件についてみるに、前記認定事実からすると、本件不正一時借入金の始つた昭和四一年ころから、収入役室職員訴外住田は、当時の総務課長被告小島敏之から甲山町長の銀行からの一時借入の実際の借入手続をほとんど任されていたもので、これは、訴外住田が当時総務課長被告小島を介して(訴外住田が総務課に配置換になつてからは直接)甲山町長の銀行からの一時借入行為の機関もしくは使者としての立場にあつたものとみられ、このような場合、相手方である前記両銀行が右住田の借入申込を甲山町内部で決裁を経た正規の一時借入申込であると信ずべき正当の理由を有するときは、民法上の表見代理の法理(同法一一〇条)を類推適用して、右一時借入申込による消費貸借契約の有効な成立を認めるのが相当であると解される。

(四)  そこでさらに、右観点から本件不正一時借入をみるに、前記認定事実によれば、訴外住田は、一般の甲山町長の一時借入手続どおりに一時借入金の最高限度額を記載した予算書写及び市中銀行の一時借入金の残高証明書を添付して、外形上適式な記載及び町長印を有する借入申込書を銀行へ提出しており、しかも、同訴外人は以前から銀行との間でしばしば甲山町長及び同町総務課長の機関もしくは使者として正規の一時借入手続を行なつていたものであるから、前記両銀行の担当係員が、訴外住田の本件不正一時借入申込に対し、これが甲山町内部で決裁を経た甲山町長の正規の一時借入申込であると信じ、右書面上で申込の要件を審査したのみで、さらにその他の調査をすることもなく貸出を行なつたとしても、この点、右両銀行に過失があつたとはいえず、そう信じるにつき正当の理由があつたということができ、表見代理の法理の類推適用により甲山町長と前記両銀行との間で、右不正一時借入につき消費貸借契約が有効に成立したものということができる。

(五)  もつとも、本件不正一時借入及び昭和四七年五月三一日広銀甲山支店からの金四、〇〇〇万円の一時借入の各借替の点については、前記のとおり、そのこと自体は違法であるし、また、両銀行(右後者については広銀甲山支店のみ)としても、借替手続においては、両年度にまたがる出納閉鎖期間内の同日に、次年度の一時借入でその前年度の一時借入金の返済が行なわれているわけで、両銀行の担当係員としては、この点の違法に気づかなかつたともみられないが、この点の違法は、その内容、程度からして、甲山町内部の責任問題を生ずるにとどまり、右次年度の一時借入にかかる消費貸借契約を無効にまではしないものと解するのが相当である。

(六)  以上のことからすると、甲山町長の従前の広銀甲山支店及び広相甲山支店からの各二、〇〇〇万円計金四、〇〇〇万円の不正一時借入並びに昭和四七年五月三一日の広銀甲山支店からの金四、〇〇〇万円の正規の一時借入にかかる各消費貸借契約はいずれも有効に成立しているもので、甲山町に返済義務が存在し、その返済は当然で、右一時借入金による返済の点も、借替の場合、その会計年度の歳入をもつて償還したものでないという点で違法とはいえるが、いずれにしても甲山町が返済すべきものであれば、通常は右償還によつて甲山町に損害を生ぜしめることはなく、とくになんらかの賠償責任を肯定すべき程の違法支出ともいえない。

そうすると、結局、甲山町が、昭和四七年五月三一日借替にかかる金四、〇〇〇万円の一時借入金につき、後昭和四八年四月三日その元利金四、〇〇二万三、六七〇円の返済をしたことも、返済すべき債務を支払つたにすぎず、この意味で、なんら違法な支出とはいえないのみならず、右は昭和四七年度の出納閉鎖期間内の同年度の歳入による返済支出で、その支出の甲山町内部手続においても、格別の違法はうかがえない。

(七)  そしてなお、仮に、訴外住田の前記不正一時借入にかかる消費貸借契約が無効で、甲山町にその支払義務がないとしても、訴外住田による本件不正一時借入金四、〇〇〇万円は、現に甲山町収入役口座に入金になつているものであり、しかも右不正一時借入は甲山町の職員であつた右住田がその職務の執行につきなした不法行為といえるから、結局、右による損害(不正一時借入金四、〇〇〇万円及び同利息金相当額)は、右住田の使用者としての甲山町において賠償すべきこととなり(民法七一五条一項)、そうであれば、甲山町として、いずれにしても右支払のための本件公金の支出は避けられないところで、結局、右支出により甲山町に損害は発生しなかつたものといえる。

四以上によると、結局、原告らの本訴請求は、さらに、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(渡辺仲平 山浦征雄 大原英雄)

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